神・仏

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本当は神仏を尊ぶ日本人

日本人に「神様を信じますか」ときけば
ほとんど「信じません」と返って来る。

これを英語で聞かれても当然
I don’t believe in God.
といってしまうけど それほんと?

ほとんどの日本人が
子供が生まれたらお宮参り
死んだらお坊さん呼ぶし、
初詣は欠かさない。

でも神様は信じないってどういうこと?

実は日本人が神様を信じないとは
急進的で過激な宗教を信じないって意味で
実は心のどこかで神仏を尊んでいるんです。

今年に入って
共産党が支配する国 vやCに行って来ましたが
ここは以前宗教が弾圧され
僧侶や大学の神学者も粛清されて
宗教が一時なくなりました。

党の考えが全てであると。

そして今 経済が一部自由化され
お金が入って来るとお金が神様になって
お金が全て お金のためにはなんでもする。
人を騙す
嘘をつくのは当たり前
だから騙されたら騙される方が悪い
と言う考えになりました。

そのため
これらの国でタクシーに乗って正規の値段で
日本人が運んでもらうのは、
奇跡に近い確率となります。(もちろん真面目ないい人もいますよ)

しかし、それらの本当に神を信じず
(信じさせてもらえず)お金が全ての国と
日本を比べてください。

日本のタクシーでいつ騙されるか
ボッタクられるかビクビクしながら乗る必要ありますか?

常に誰かに騙されたり
レストランの勘定を必ずチェックする必要ありますか?
ないですよね。

それには、日本では神道と仏教に育まれた
素晴らしい道徳心があるからで、
心のどこかでこの世で良い行いをすれば
いいことがある、徳を積める と
思っているからではないでしょうか。

ですから海外で宗教の話になったら
堂々と I believe in God.
I’m a Buddhist.
または I believe in Shintoism. って
葬式なんか絶対しないという人以外
言って欲しいんです。

なぜなら それが事実だし
なんだかんだで世界の9割の人口が
神を信じる世の中
で神を信じないというのは(本当は信じてるのに)
余計な誤解を生むことになります。
(神を信じないのに どうやって子供の躾するの?
神を信じないのに何が幸せかわかるの?人間と動物の違いは?)など
質問されるかもしれません。


ほとんどの日本人は神を信じてません
なんて言うと。
なぜ神を信じてないのにあんなに安全でルールを守り
ゴミひとつない国が出来るの?と聞かれるでしょう。

科学万能主義の世の中で
その世界を引っ張るアメリカ。
この国の大統領就任式では
バイブルの上に手を置いて宣誓をします。

神仏を尊ぶことは
隠すべきことでも恥ずかしい事でも
危ないことでもありません。

英語で外国人と話す時はしっかり伝えましょう。

P.S.
私 本城は、生まれた時お宮参り
死んだらお坊さんに来ていただく
マジョリティーの日本人です。

特定の団体のは属していません。

あっ 以前 伊勢神宮 崇敬会に入っ
てました。
夜祭りを見る為に!


– Nori


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Toppo56oka

Meaning of GOD in other countries is different from what most Japanese believe. We believe KAMI SAMA which is not the GOD like the one believed as the only and mighty matter, and what they do not let other people believe in another mighty and natural power. That’s why Japanese culture accepts various and different religion and idea of the GOD and so flexible while other religion’s believer only allows those who believe the same GOD as they believe in. Unless otherwise, we have not experienced so many wars and terrorism in the history and world.

Reply
松本

仏教は「神様」ではなく「仏様」ですので
I believe in God.
にはなりません。
宗教について語る時には
ネイティブの方々で
信仰していらっしゃる方々のお話を聞かれてから
説明されると良いかと思います。
特定の宗教を信じていらっしゃる方々も
日本の中にはいらっしゃいます。
そちらのご配慮を
よろしくお願いいたします。

Reply
平島哲雄

自分では無神論者と思っていましたが
貴方の言う通り知らず知らずのうちに色んなことをしています
これは紛れもなく自分の内なるものに信心を植え付けられている
からでしょうね大いに納得しました
日本では親からそれとなくいろんな儀式を身をもって
体験してるから事あるごとに何の疑いもなく実行してるのでしょうね

Reply
wing134

そうですね〜
神様を信じますか?と言っても目で見たことないから信じないと言うのも無理もないと思います、わかる気がしますが神様は見えないですものね。
でも、見えなくても居ると思います現実にこうして私達がいるのですから、初めから男女がいなくては子が生まれ子孫しなかったと思うから。
神は姿を控え心の中に宿ってるのではないかなと思います。

神様も仏様も見えない一般国民より。

Reply
morishimamasaru91125@gmail.com

元旦は伊勢神宮に参拝25~6年継続しております。
1月は神仏に5~6か所位参拝します。大事なことは神仏に礼拝して
決めます。生活は人生神劇と思います。

Reply
TATU

神式、仏式にあまりこだわりをもっていないのが事実ですね。初詣では神社に行ったり、お寺に行ったりします。お寺は仏様がまつってあり、宗派も種々あります。名所旧跡へ観光で行った時、宗派を区別せずお参りする人がほとんどですね。

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山好き野郎

共産主義国中国が「宗教」をなくさせ、党の考えが全てであるを国民に押し付けた。そして、一部経済の自由化されると、お金が全てであると考え、お金のために何でもする国民になったとは、怖いですね。中国による「インフラ投資」のインチキに気付いた各国から非難されているのもうなづけますね。
 個人と社会・国全体、そして日本の国益と他国・世界との調和がこれからの大事なテーマになりますね。

Reply
iizawa masatake

”お金がすべて”を尺度で見れば、アメリカなどもっと大規模に、制度的に保障されているのではないでしょうか?このまま行けば資本主義が危機だと経済学者(マル経でない)が云いだしています。神様の話からそれますが、群盲象をなぞる(?)のような話は気を付けないと。

Reply
iizawa masatake

追、わたしは日本の神様は世界一だと思っています。とにかく多い。おてんとうさま、山の神、みずがみおさま、ご神木、おかみさん。クリスマスにはイエス様。みんな仲良くしちゃうんだから。世界平和のため広げよう。天皇制以前の話ですが。もう、天皇さんを戦争に利用してはいけません。

Reply
 松本慶蔵

 日本の古来の風習として、神様も仏さまもともに祭るのが普通でした。私の母はその上太陽に向かって祈っていました。今日一日の家族の平安を祈ると申しておりました。私は米寿を迎えた高齢者ですが、両親とご先祖さまに、一日の安寧を報告します。、
さらに家内の両親にも家内の健康と昔のご配慮に感謝しています。矛盾を感じたことはありません。これが日本の平和の礎だと思います。

Reply
島勝 伸一

46億年前に地球が出来る前からの大自然の法則を、ヒトは神と名付けたのでしょう。新人類が生まれて、まだ20万年のヒトがたぶん2~5万年前社会生活を始め他頃に「大自然の法則」を感じだしたのでしょう。人間中心の宗教となったのは、まだ2~5千年前でしょう。
 先進国中で、自然の中に神や仏を見るのは日本人だけでしょうね。でもこれは誇れることなんですよ。世界は、今頃になって、環境破壊が人類を滅ぼす、とやっと気づいたくらいですから。日本の神道は2千年以上前に、既に気が付いていたのですから。

Reply
iizawa masatake

同感です。高齢者に仲間入りしたころ強く感じるようになりましたが、身の回りの自然を【神様】と畏れる気持ちこそ日本人の信仰心の神髄だと思います。地球と共生しないと、ぶっ壊れそうな今世界に誇れる【気持ちです】。それをある時ある有力者が〔我こそその神なるぞ〕と言い出したのだと勝手に考えております。私は【元祖神様】教徒です。こんな話をキリスト教徒の人と話せる様になれたら?

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ひかり

自分が現在まで育ってきた環境の中で、記憶に残っている行事を振り返ってみると、社会的、家族内での出来事を振り返って、矛盾することも含めて日本人は信仰に関しては、潜在意識の中で神仏両面を「善」として認識しているのではないでしょうか。

Reply
高坂 恭子

実際に信じてもいないものを、信じられないものを、なぜ信じるというのか、なぜ葬式や法事に不本意に参加しなくてはいけないのか。もちろん、それが、社会人としての礼儀であり、習慣だからです。本心から、信じれば救われると思います。ですが、心は自身でも動かせません。死期が来たら、できれば像のように、そのまま自然に帰れる場所を求めて彷徨いたい。道徳心は、宗教とは関係なく、自分が嫌なことは、他人に対してもしない努力をする、それだけのことだと思います。

Reply
小原 邦夫

神様仏様、こんなにコメントが出てくるなんて、さすがにすごい!
英語ははっきり正確に話す言葉だから、私たち日本人がどんな生活をしていても、神を信じていないと表現するのは正しくないんですね。

Reply
宮内

英語圏の大多数の方が、クリスチャンです。英語を学び、国際交流をお考えなら、教養として少なくとも聖書を読む事をお勧めします。最寄りの正統な教会へ行けば、無料で貰えます。ホテルには、国際ギデオン聖書配布教会の英語訳付の聖書も置いてあるので、無料で貰えます。聖書に書かれてある事が事実である事や、少しでも理解する事が出来たら、もっと英語圏の方の理解や国際情勢の理解が深まると思います。私はブッヂストだから神を信じているは、クリスチャンには通用しません。もっと言えば、仏教や神道の歴史を調べて下さい。この世は聖書を基に成り立っております。

Reply
山中 雅和

 God is in the Cosumos & DNA.
The end of Mother cosumos is
DNA OF FATHER COSUMOS.
THE END OF FATHER COSMOS
IS/////RUFRANE FOREVER………

 Human being have to impruve.

Reply
牧場の羊

英語の God と god には違いがあります。

大文字で始まるGodは聖書の唯一の創造主(そうぞうぬし)なる神のことで、聖書の神以外の神、たとえば八百万の神等は小文字で始まります。なので大文字のGod はtheもaもつきませんが、小文字のgodは a god や、複数で gods になります。これ、Gなのかgなのかには、大きな違いがあります。

また、「英語圏の大多数がクリスチャン」というのは、いささか語弊があるように思います。
「クリスチャン」というのはイエス・キリストを神と信じて従う人の事。クリスチャンと呼ばれるようになった所以も聖書に出てきますが、残念ながらそう言った意味での真の信仰者はすごく少ないです。

何か悪いことをした人が”クリスチャン”と聞くと、「クリスチャンなのに」と言う人も少なくありませんが、そもそも神の前に正しい人は一人もいません。それに気づいてイエス・キリストの十字架の死を自分の身代わりだったと感謝して受け入れることがクリスチャンの歩みの初めです。
でも、なかなか罪から離れることが出来ず、繰り返してしまうこともあり、また誘惑に負けてしまうこともあり、思考に悪が入り込んで善悪の判別、良識の判断がつかなくなってしまうことも多々あります。日々、そういう事と闘いながら信仰生活を送るわけですが、神様は少しずつ聖めて下さると信じて信仰生活を送るのです。常に神様の助けとあわれみが必要なのです。

アメリカもキリスト教の国と言われていますが、実際に信じている人は今では20%~30%しかいません。ちなみに日本では人口の1%と言われていますが、教会に足を運び礼拝をする人は0.5%いるかいないかくらいです。

ホテルや病院にあるギデオンの聖書は、熱心な信者が自腹で聖書を印刷して贈呈しているものです。それは、より多くの人々に聖書の神様、愛であり、命を与え、生きる目的を示して下さる神様のことを知ってもらいたい思いから行なっていることです。「配布」ではなく「贈呈」であるとのこと。

英語圏の人の名前も、よく聖書から取られていることがあります。日本語の聖書は英語の聖書からの翻訳ではないので違う読み方になっていますが、日本語と英語の聖書の両方を比較して名前を知ると面白いのではないかと思います。特に、聖書の人物の事が分かると、その名前がつけられている人(友人?知人?)に、もっと親しみがわくかもしれません。Johnという名前は日本語の聖書ではヨハネです。Matthewはマタイ。日本語ではthはカタカナ表記ができないのでマシューと言っていますね。
他、もっともっとありますが。

宮内さんがおっしゃるように、英語を勉強したい、会話ができるようになりたいと思うなら聖書を読んでみるのは良いと思います。が、時々理解するのは難しいし、曲解もできるものなので、イエス・キリストを神と信じている教会に行って、牧師と共に読んだり、聖書学び会などに加わって読むのが一番良いと方法だと思います。教会の聖書も教えてくれる英語教室・英会話クラスなどに参加するのもお勧めです。

はい、私は God を信じているクリスチャンです。

Reply
takayuki

>神を信じないのに どうやって子供の躾するの?
>神を信じないのに何が幸せかわかるの

信仰と躾はあまり関係ないでしょう。信仰というのはおそらくこの世の不思議な事を、不思議なまま受け入れるのが気が済まないというか、許せない(一応なにかしらの答えを得て納得しておきたい)ほとんどの人間の心理が生み出した想像の産物です。ほとんどの人間がそう思うので、本当らしくみえてくるのです。

無理に想像を膨らませないで、理解できる事を理解し、わからない事は分からないと受け入れていれば神は必要ありません。よりどころが欲しいとの想像から創造された神は矛盾をはらんでいます。科学の急速な進歩で人間が精密機械であることや、宇宙の成り立ちにちゃんと筋道がある事がはっきり分かってきて、信仰には矛盾があることに皆さんうすうす気付いてきているのではないでしょうか。

美徳は神が見ているからするものではないでしょう。それなら神が見ていなければしなくてもいいという事になってしまいます。自分がしてもらって嬉しい事は、他人にしてあげると自分も嬉しくなる。そういう心のゆとりとかそういう事がそうさせていると思います。そう考えればやはり信仰と美徳はあまり関係無いと思います。

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